運がよかった

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 生きていれば大小を問わず自分で決めないといけないことに出会う。何かを決めた。自分に好ましい結果だった。このような場合の「運がよかった」とよく言う。実力だが謙遜して言うこともあろうが。

 

 あみだくじから学ぶでも書いたが、よい結果を得るには、「客観的条件」と「運」が必要となる。客観的条件をみたし主体的努力をしたから「運がよかった」というのである。「運」は何もしないのによい結果をもたらしてくれたわけではない。

 

 「運」は「客観的条件の下で、主体的努力した時の「確率のばらつき」」ことだと思う。あみだくじの例を使う。④中心で幸運。左右にだんだん運が減少しているとイメージして欲しい。要するに、何処までだったら「運がよかった」と思えるかだ。

 

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  勝間和代さんは、次のように述べられています。

条件は時代とか、国とか、環境によって大きく異なりますし、また、私たち当人がどんなに努力しても、その確率のばらつきにより、成功しないもともあります。

 

 

 あみだくじで見たように、一見均等にばらついているかに見えて、その実は勝つ確率が上がるポジションがあった。大切なことは、「運だと諦めないこと」だ。ルールは下の2つになる。

 

 ・客観的条件を理解すること

 ・努力(行動・思考)を条件に合う方向で選ぶこと

 

 どうやって、ばらつきを小さくなるように持っていけるかが「運」なのだ。この発想を持っているだけでも生き方は変わる。